前回草彅剛主演の『ホテル・ビーナス』の記事に続き、今回は『デルス・ウザーラ』について書きます。同映画ではアルセーニエフとデルス・ウザーラによる19世紀末から20世紀初頭の極東を共に踏査する内容を扱っています。

『デルス・ウザーラ』の内容

まず、『デルス・ウザーラ』の台本となっているのがウラジミール・アルセーニエフの書いた著書です。アルセーニエフはウラジオストクのあるロシア沿海地方を踏査している最中に先住民ゴリド族のデルス・ウザーラに出会います。その記録が著書として残っており、1975年に黒澤明監督によって映画化されました。ソ連と日本の合作映画という特徴もあります。

タイガ(森林)の中を踏査するアルセーニエフ率いるロシア人数人があるとき道に迷ったデルスと出会います。アルセーニエフは隊長を務めており、デルスの森林での活躍を期待して同行することを頼みます。家族を亡くしたデルスは快く引き受け、数々の困難を切り抜けていきます。

たとえばハンカ湖(中国黒竜江省とロシア沿海地方の境にある湖)を二人きりで調査する際、道に迷ってしまいます。冬で凍っている湖では見通しはいいのですが、広大すぎるために周りに特徴がなく途方に暮れてしまったのです。ここでデルスが「隊長、わしらうんと働かないと死ぬ」という言葉を発し、隊長とともに周りの枯れた茎を駆り集めます。最後にアルセーニエフ隊長は疲れ果て、倒れてしまいましたが、デルサは極寒の中はたらき続け、大量の藁で覆った寝床を作り窮地に一生を得ます。大自然の中で生きるデルスだからこそのアイデアであり、力でもあったわけです。

一度目の踏査の後二人は別れましたが、再度の踏査の際に再開します。しかしすでに年数が経過していたため、デルスは目を悪くしており、十分に活躍できませんでした。目が見えないのではタイガで生きていけない、ということでウラジオストクにあるアルセーニエフの家に滞在する事になります。しかし都市生活になじめず、やがて出て行き、他殺された状態で発見されたデルスをアルセーニエフが見ているシーンで終わりとなります。

映画から感じること

映画からはロシアの大自然、それも極寒の真冬を、またアルセーニエフとデルスの友情と信頼関係を感じることができます。広大なロシアを開拓するにあたって大変な労力が費やされたのだろうと想像できます。それも当時では本当に人力以外に方法はなかったと言えるでしょう。

まだ読んではいませんが、アルセーニエフの書いた著書の日本語訳もあるようです。『デルサ・ウザーラ』を映画で視聴してから実際のアルセーニエフの記録をみるとまた違った現実も見えてくるかもしれません。ウラジオストク付近を舞台にした映画ですが、ロシアと極寒の自然を想像できる、とてもいい作品だと思います。

※ちなみにアルセーニエフはウラジオストクに博物館があるほど知られている存在です。ウラジオストクへ旅行のメジャー観光地でもあります。
→アルセーニエフ博物館>浦潮マップ

(記事:藤本拓真)